ダルビッシュ有の変化球バイブル
2009年度プロ野球の最優秀選手(MVP)に
巨人のアレックス・ラミレスと日本ハム、ダルビッシュ有が選ばれた。
二人とも、当然と思われる受賞である。ラミレスは、
巨人の3連覇と日本一に大きく貢献した。
また、巨人のチ−ム一丸となって戦う”チ-ム力”の原動力であった。
若い選手の指導、励まし、相談などチ−ム全体のム−ドメ−カ−としても、
大きな影響を与えている。今シ−ズン通して四番を打ち続けたことが、
原監督以下信頼の厚さを感じる。
ラミレス、ベネズエラ出身の元大リ−ガ−、
18歳でクリ−ブランド・インデアンスと契約、
1998年にメジャ−に昇格している。
2001年にヤクルト・スワロ−ズに入団している。
当初、一年だけのつもりで日本にきて、
すぐ帰る予定だったと語っている。
2003年、ペタジ−ニに代わって4番に座り、打率333、
本塁打40本、打点124で打点王、本塁打王、
最多安打、ベストナインのタイトルを獲得した。
2007年、セ・リ−グ歴代最多の204安打を記録したが、
ヤクルトとの交渉で複数年契約が認められず退団、巨人に移籍した。
2008年、打率319、本塁打45本、打点125と大活躍し、
セ。リ−グ最優秀選手に選ばれた。
2009年も、打率322で首位打者、本塁打31と前年を下回ったが
塁打314は最高で巨人3連覇達成の立役者となった。
そして2年連続最優秀選手賞となった。
さらに来年新記録となる3年連続の最優秀選手を狙っている。
受賞インタビュ−では、「やっと日本人になれたと、
今季から日本人扱いになったことに触れ、益々意欲を燃やしている。
毎試合後のピッチャ−と自分のバッティングのビデオを見て研究し
常に努力を惜しまない。
「ラミ流」なる本を出版し、日本の野球向上に努めようと頑張っている。
ダルビッシュ有
まぎれもなく、日本プロ野球界を代表するピッチャ−である。
2004年日ハム入団、東北高校時代から甲子園を沸かせた、
高校ナンバ−ワンの呼び声もあった。
しかし、高校生でありながら喫煙問題で、高校停学、
高野連からも厳重注意を受けている。
その後反省し、今も喫煙していない。
2005年5勝5敗、 2006年、12勝5敗、2007年からは
名実ともにエ−スとして活躍、15勝5敗、防御率1,82
2008年16勝4敗、防御率1,88、と安定し、さらに2009年は、
15勝5敗、防御率1,73と大活躍した。
2009年の第2回世界ベ−スボ−ルクラシック(WBC)の
日本代表として出場、松坂大輔、岩熊久志と共に
日本の三本柱として活躍し、世界一に貢献した。
常に最多勝、防御率、奪三振で上位にあり、
今や大リ−グからも目をつけられている。
しかし本人は「日本で野球をやる」と言い、大リ−グへの展望はない。
2009年のオ−ルスタ−戦で巨人ラミレスの打球を
右肩に受けリタイヤ、その後体のバランスを崩し、
出場の機会が遠のいた、日本シリ−ズでは1試合に投げたが、
右手人差指の骨折で十分な活躍もできず巨人に優勝をさらわれた。
父親はイラン人、母親は日本人、見るからに美男子である。
人気が高くモテモテなのに、早く結婚した。
野球人としては正解だと思う、体が資本のスポ−ツ選手、
遊びが過ぎると身を滅ぼす、若いがよく自覚している。
喫煙問題といい、意思はしっかりしている。
持ち球は、速球は勿論、カ−ブ、スライダ−、ツ−シ−ム、
フォ−ク、シンカ−、カットボ−ル、チエンジアップ、なんでも投げる。
多彩な変化球を投げ分ける。
来年の益々の活躍を期待したいものである。
松井秀喜メジャー物語
日本人初の大リ−グ、ワ−ルドシリ−ズMVPを獲得した。
ワ−ルドシリ−ズ優勝が彼の夢だった。
それをなし得た上で、尚且つMVPも取ってしまった。
七年間の苦労が報われた瞬間だった。
レギュラ−シ−ズン優勝もすばらしいが、ワ−ルドシリ−ズで、
27年振り9回目のチャンピオンは、松井にとって何よりの目標だった。
アメリカに渡ったのも、それが目的だったと言ってもいいくらいである。
彼の強い気持ちが、ようやく実現した。そして、その気持ちを表す如く、
シリ−ズでの彼の活躍は目を見張るものがあった。
シリ−ズ3本塁打、特に、優勝を決めた6戦目は凄かった。
本塁打、二塁打、ヒットの6打点である。
観客席から多くのファンの声が”MVP”を叫んでいた。
巨人時代、日本プロ野球界で最高のバッタ−として君臨、
その間打ったホ−ムランは332本、王さんも越えるかといわれた。
そして2003年大リ−グ、ヤンキ−スへ移籍、どこまでやれるか注目された。
しかし、守備で、前に突っ込み左手を骨折、長い治療とリハビリ、
また、2007年、2008年連続してヒザの手術、戦列を離れた。
巨人時代、どちらかと言えば無理をしない、深追いしない野手、
自分を大切にする選手と、我々の眼には映っていた。
ケガをしないで全試合出場していたと思う。
大リ−グでの成績はどうか、巨人時代と比較してみてみよう。
試合数 打数 安打 本塁打 打点 打率
1268 4572 1390 332 889 304 (巨人)
916 3348 977 140 597 292 (ヤンキ−ス)
数字を見ると、よくやっていると思うが、今年は契約最終年である。
シ−ズン途中から、解雇、移籍の噂が出ていた、この崖っぷちでの大活躍である。
当然、再契約、来年もヤンキ−スとの声は上がる。
ファンはそれを望んでいる。
しかし現実は厳しい、守れない、代打専門の選手は要らないと。
ヤンキ−スは今、有名選手の高齢化が問題
、その様な選手を”代打”で使う、守れる若い選手を入れる、
これがチ−ム方針、松井は出される公算が大きい、
彼の年俸は推定で12億円と言われる、
これの大幅なダウンがあって、再契約はあるかもしれない。
MVP獲得のインタビュ−で、
「夢のような出来事だ」
「何十年か経って振り返ったら”凄い一日だった”ということになるのだろう」と。
「日々、どうしたら一番いいものが出せるのか、
これしか考えていない」とも語っていた。
そして、契約について、アメリカのインタビュア−に応えて、
”来年もヤンキ−スでやりたいか”に対し、
「ヤンキ−ス大好き、チ−ムも大好き、この町も大好き、
しかし、気持ちと契約は別のもの、契約がどうなるかわからない」と淡々と語った。
見ていて、プロだなあと思った。
気持ちとしては、来年もヤンキ−スでと思うが、
また一面、帰国して巨人以外のチ−ムで、
巨人と対して日本のプロ野球を盛り上げてもらいたいとも思う。
いずれにしても、最後の最後、彼の強い意志と、
強い運で日米共に野球ファンをうならせた”大活躍”は
野球史にその一ペ−ジを記した。
このシ−ズンオフは、ゆっくり体を癒し、次に備えてもらいたい。
MVP獲得おめでとう!!
フィギュアスケート日本女子ファンブック(2009)
先のグランプリシリ−ズ、フランス大会、
ロシア大会の2大会に続いて出場し、好成績を上げることが出来なかった。
これで、12月のGPファイナルに出場が絶望的になった。
元世界女王としては、初めてのことである。
加えて年末の五輪選考会、これも気がかり、
オリンピック強化選手に指名され絶対的強さを誇った
「浅田真央」、いま試練の時を迎えている。
スケ−ト関係者も、気をもんでいるだろう。
原因は「プログラムの構成」にあると専門家は見る。
難度の高い、三回転半のジャンプを3回も入れ、
さらに技術の要素をふんだんに取り入れたステップなど、
高いものを要求し過ぎているというのだ。
確かに、能力の高い彼女、きっちり決めれば高得点となり、
キム・ヨナ(韓国)にも負けないだろう。
しかし、「フィギュアスケ−ト」は、細かい採点ル−ルがあるとはいえ、
印象評価が大きいし、美しくなくてはいけない。
技術の難しい”一点豪華主義”(トリプルアクセル)にこだわると、
それが成功しない時、リズムも乱れ、精神的なダメ−ジも大きくなる。
広いリンクの中で、ただ一人、多くの観客の注視の前で、
すばらしい演技をやろうという,高い意志と強い精神力は
彼女のアビリティの高さを表すものであるが、
それが崩れた時、自信を失った時、”からだ”は、萎縮し、スム−ズな動きを阻害する。
先の大会は、やや自信をなくした結果ではなかったか?
対して、キム・ヨナ自分の得意な、安易な、
プレッシャ−のない”技”だけを組み合わせたプログラムにし、
表情、と美しい表現に重点を置いた演技をしたと思う。
新聞報道によると、審判員も「フリ−の中味はスカスカ」と
指摘されていたが、ミスもなく、美しいと評価されると最高ポイントもつく。
真央とキム・ヨナの戦い、これはコ−チの戦いでもある。
今回は、真央のコ−チ、タラソワの作戦ミスではなかったか?
真央本人の強気のコメント「オリンピックで金を目指す」に
期待しよう。頑張れ、真央!!!
先のIOC委員会2016年のオリンピック開催国を
南米リオデジャネイロに決定した。
立候補した東京の再びの開催は成らなかった。
その大きな理由は”なぜ東京なのか?”というコンセプトが欠けていたと。
各競技場の近距離による設計、環境重視の運営体制など
強くアピ−ルはしたが、あと一歩”なぜ東京なのか”が打ち出せなかった。
2020年の五輪開催に向けて、広島、長崎が名乗りを上げようとしている。
これは、オバマ、アメリカ大統領の「ノ−ベル平和賞受賞」という
ビッグなニュ−スが大きな根拠だろう。
「核のない世界、核廃絶」を宣言し、世界をリ−ドしようとしている
オバマ大統領の姿勢に、合い呼応して、
唯一の被爆国である我が国の広島、長崎が共に活動に賛同し、
支援することこそ意義があると判断したのだろう。
「南米初開催で若者に夢を」で勝利したリオデジャネイロに習い、
「平和の祭典、オリンピックを被爆都市で」は確かにアピ−ルする。
ただ前途は多難である。
まず、来年の我が国選考会、2013年の我が国での開催決定、
そして、海外各国との戦いとなる。
2016年開催に敗れた東京はじめ、シカゴ、マドリッドが
再び立候補してくるか、また、既に第一次選考で落ちた
ド−ハ(カタ−ル)が意欲を示していると報じられていた。
そして、莫大な資金と財政問題、競技場建設の土地の問題、
交通やインフラ、両市にまたがる運営と責任、
さらに、五輪憲章の原則一国一都市の問題など課題は多い。
これからどこまで詰められるか、ビッグエベント、
オリンピックを開催することにより、確かに都市は発展し、町は整備される。
大都市の仲間入りとなることは、間違いのないところだろう。
しかし、多くの犠牲も生むかもしれない。また、政治的な圧力に
振り回されないようにしなければならない。
唯、個人的には、唯一の被爆国、悲惨な戦争のツメ跡、
記録にも是非世界の多くの人々にも見てもらいたいとも思うのである。
多くの困難は有っても、チャレンジする広島、長崎の両市にエ−ルを贈りたい。

本土決戦幻想(オリンピック作戦編)

南米リオデジャネイロに決定した。
立候補した東京の再びの開催は成らなかった。
その大きな理由は”なぜ東京なのか?”というコンセプトが欠けていたと。
各競技場の近距離による設計、環境重視の運営体制など
強くアピ−ルはしたが、あと一歩”なぜ東京なのか”が打ち出せなかった。
2020年の五輪開催に向けて、広島、長崎が名乗りを上げようとしている。
これは、オバマ、アメリカ大統領の「ノ−ベル平和賞受賞」という
ビッグなニュ−スが大きな根拠だろう。
「核のない世界、核廃絶」を宣言し、世界をリ−ドしようとしている
オバマ大統領の姿勢に、合い呼応して、
唯一の被爆国である我が国の広島、長崎が共に活動に賛同し、
支援することこそ意義があると判断したのだろう。
「南米初開催で若者に夢を」で勝利したリオデジャネイロに習い、
「平和の祭典、オリンピックを被爆都市で」は確かにアピ−ルする。
ただ前途は多難である。
まず、来年の我が国選考会、2013年の我が国での開催決定、
そして、海外各国との戦いとなる。
2016年開催に敗れた東京はじめ、シカゴ、マドリッドが
再び立候補してくるか、また、既に第一次選考で落ちた
ド−ハ(カタ−ル)が意欲を示していると報じられていた。
そして、莫大な資金と財政問題、競技場建設の土地の問題、
交通やインフラ、両市にまたがる運営と責任、
さらに、五輪憲章の原則一国一都市の問題など課題は多い。
これからどこまで詰められるか、ビッグエベント、
オリンピックを開催することにより、確かに都市は発展し、町は整備される。
大都市の仲間入りとなることは、間違いのないところだろう。
しかし、多くの犠牲も生むかもしれない。また、政治的な圧力に
振り回されないようにしなければならない。
唯、個人的には、唯一の被爆国、悲惨な戦争のツメ跡、
記録にも是非世界の多くの人々にも見てもらいたいとも思うのである。
多くの困難は有っても、チャレンジする広島、長崎の両市にエ−ルを贈りたい。
本土決戦幻想(オリンピック作戦編)
今年の日本オ−プンゴルフは、10月16日(金)
埼玉・武蔵CC豊岡コ−スで始まった。
プロゴルファ−にとって、日本オ−プンは特別な大会である。
名実共に日本一を決めるにふさわしい、コ−ス設定がなされ
”難コ−ス”に仕立て上げられる。
そしてトッププロは、これにチャレンジする。
昨年の覇者片山晋呉は、2年連続、3回目の優勝を狙う。
直近二試合を見送り、この大会に標準をあわせて調整してきた。
意気込みの凄さを感じる。
また、石川 遼は昨年2位、今年もドライバ−の精度を上げ、
積極的に”自分流”を貫こうとしている。
そして3日目終了、マイナス5でトップに躍り出てきた。
恐るべき18歳である。 小生、最終日を楽しみに待った。
テレビに釘づけとなり、
最終の三人によるプレ−オフ終了までたっぷりTV観戦した。

石川遼 2010年カレンダー CL-361
これこそプロの技術、ショット、パットに酔いしれた。すばらしい試合だった。
小田龍一(32)、今野康晴(36)、石川 遼(18)
誰が勝っても不思議でないゲ−ム展開、技術に加えて
精神力の強さを見せ付けた。
プレ−オフは、最難度の18番ホ−ルで行われた。
くじ引きで順番を決める、小田、今野、石川の順となった。
3人共にドライバ−である、小田はフェアウエ−、今野は右のバンカ−、
石川、左のラフ、それぞれ打ち分けた。
さあ、どうなるか、固唾を呑む。そして3人共にパ−プレ−、譲らない。
再び、18番ホ−ルティ−グランドへ、ここでもプロの凄さを見せる
、3人ともドライバ−でフェアウエ−、仕切り直しのホ−ル、間違いはしない。
そして、パット勝負、入れたのは小田龍、バ−ディでツア−初勝利を手中にした。
この超ビッグなゲ−ム、勝利の女神は”いたずら”をした、
最終日の8番、パ−4で、小田の打ったティ−ショットは左に曲がり、
ギャラリ−の中へそして偶然にも、応援していた”小田のカミサン”の肩に当たり、
フェア−ウエ−に出てきた(読売新聞報)、
これで小田、強気になれた、そして、次のショットはバンカ−、ここからチップイン、
バ−ディ−、トップになった。
”勝利の女神”はカミサンの姿に変えて、最後の最後まで見守っていたのだろう。
「アンビリ−バボ−、今日の勝利の女神は、
嫁さんだった」が勝った小田のコメントだった。

埼玉・武蔵CC豊岡コ−スで始まった。
プロゴルファ−にとって、日本オ−プンは特別な大会である。
名実共に日本一を決めるにふさわしい、コ−ス設定がなされ
”難コ−ス”に仕立て上げられる。
そしてトッププロは、これにチャレンジする。
昨年の覇者片山晋呉は、2年連続、3回目の優勝を狙う。
直近二試合を見送り、この大会に標準をあわせて調整してきた。
意気込みの凄さを感じる。
また、石川 遼は昨年2位、今年もドライバ−の精度を上げ、
積極的に”自分流”を貫こうとしている。
そして3日目終了、マイナス5でトップに躍り出てきた。
恐るべき18歳である。 小生、最終日を楽しみに待った。
テレビに釘づけとなり、
最終の三人によるプレ−オフ終了までたっぷりTV観戦した。
石川遼 2010年カレンダー CL-361
これこそプロの技術、ショット、パットに酔いしれた。すばらしい試合だった。
小田龍一(32)、今野康晴(36)、石川 遼(18)
誰が勝っても不思議でないゲ−ム展開、技術に加えて
精神力の強さを見せ付けた。
プレ−オフは、最難度の18番ホ−ルで行われた。
くじ引きで順番を決める、小田、今野、石川の順となった。
3人共にドライバ−である、小田はフェアウエ−、今野は右のバンカ−、
石川、左のラフ、それぞれ打ち分けた。
さあ、どうなるか、固唾を呑む。そして3人共にパ−プレ−、譲らない。
再び、18番ホ−ルティ−グランドへ、ここでもプロの凄さを見せる
、3人ともドライバ−でフェアウエ−、仕切り直しのホ−ル、間違いはしない。
そして、パット勝負、入れたのは小田龍、バ−ディでツア−初勝利を手中にした。
この超ビッグなゲ−ム、勝利の女神は”いたずら”をした、
最終日の8番、パ−4で、小田の打ったティ−ショットは左に曲がり、
ギャラリ−の中へそして偶然にも、応援していた”小田のカミサン”の肩に当たり、
フェア−ウエ−に出てきた(読売新聞報)、
これで小田、強気になれた、そして、次のショットはバンカ−、ここからチップイン、
バ−ディ−、トップになった。
”勝利の女神”はカミサンの姿に変えて、最後の最後まで見守っていたのだろう。
「アンビリ−バボ−、今日の勝利の女神は、
嫁さんだった」が勝った小田のコメントだった。
今季の本拠地(名古屋ド−ム)最終戦、(中日-巨人)で引退を表明した。
選手生活22年の野球人生にピリオドを打つ。
1987年大阪・PL学園の主将として、甲子園で春夏連覇を達成している。
清原、桑田に次ぐPL黄金時代の一人である。
1m73センチというプロ野球選手としては、
決して大きくない体で22年間の長きにわたりよく頑張ったと思う。
彼を支えたのは、”野球センス”だと私は思う。
”打って、走って、守る”という野球の基本、全てに華麗、スマ−トであった。
1988年ドラフト1位で中日に入団、即一軍レギュラ−として出場したことに、
その実力が認められている。
そして、中日一筋野球道を貫いた。
その彼の引退会見コメントは
「守って走るという部分が、衰えてきた、潮時かなと思った」と。
近年は代打専門として活躍してはいたが、
やはり彼の一番の持ち味は”華麗な守備、フィ−ルディング”だったと私は思う。
野球の醍醐味はスピ−ドであろう。
投げる、走る、打つ、全てにそのスピ−ド感があってゲ−ムは成り立つ。
スピ−ド感のない野球はダラケて面白くない。
年齢と共に体が衰えスピ−ドが落ちる、
センス抜群の彼には、自らのそのスピ−ド減退をはっきりと自覚していたと思う、
そして、その退け時を待っていた一年だった様に感じる。そんな引退コメントだった。
足跡を見ると、出場試合数、2582 打数、8709 安打数、
2477(2003年、2,000本安打達成) 打率、2割8分4厘、
特筆すべきは二塁打の486本、(歴代最多)である。
私にとって、すばらしい、好きな選手であった。
1988年の初打席は二塁打であった。
そして歴代最多の二塁打を打った、二塁打男と言われた。
そして最後の打席も二塁打だった。

選手生活22年の野球人生にピリオドを打つ。
1987年大阪・PL学園の主将として、甲子園で春夏連覇を達成している。
清原、桑田に次ぐPL黄金時代の一人である。
1m73センチというプロ野球選手としては、
決して大きくない体で22年間の長きにわたりよく頑張ったと思う。
彼を支えたのは、”野球センス”だと私は思う。
”打って、走って、守る”という野球の基本、全てに華麗、スマ−トであった。
1988年ドラフト1位で中日に入団、即一軍レギュラ−として出場したことに、
その実力が認められている。
そして、中日一筋野球道を貫いた。
その彼の引退会見コメントは
「守って走るという部分が、衰えてきた、潮時かなと思った」と。
近年は代打専門として活躍してはいたが、
やはり彼の一番の持ち味は”華麗な守備、フィ−ルディング”だったと私は思う。
野球の醍醐味はスピ−ドであろう。
投げる、走る、打つ、全てにそのスピ−ド感があってゲ−ムは成り立つ。
スピ−ド感のない野球はダラケて面白くない。
年齢と共に体が衰えスピ−ドが落ちる、
センス抜群の彼には、自らのそのスピ−ド減退をはっきりと自覚していたと思う、
そして、その退け時を待っていた一年だった様に感じる。そんな引退コメントだった。
足跡を見ると、出場試合数、2582 打数、8709 安打数、
2477(2003年、2,000本安打達成) 打率、2割8分4厘、
特筆すべきは二塁打の486本、(歴代最多)である。
私にとって、すばらしい、好きな選手であった。
1988年の初打席は二塁打であった。
そして歴代最多の二塁打を打った、二塁打男と言われた。
そして最後の打席も二塁打だった。
オリンピックの身代金
候補地は、東京、マドリ−ド(スペイン)、リオネジャネイロ(南米)、
シカゴ(アメリカ)で事前の予想は横一線、
何処が最初に落ちても不思議はないと語られている。
日経新聞の記事によると、東京のポイントは、
1、殆どの施設が都心から8Kmの範囲に納まるコンパクト性、
2、財政面の不安なし、
3、セキュリティ−が極めて優秀、
4、実施に重要なインフラも評価が高い
一方、弱点は、
ア、約7割を従来施設の活用としているのに対して、
評価委員会は50%は新しく建設するほうが良いという、
イ、選手村は狭くて築地市場に近く交通渋滞、騒音を懸念、
そして何よりも評価が低いのが国民の熱意であると。
アンケ−トによる「賛成」は55%で他の候補地の中で最も低い。
マドリ−ドは、評価される点は、
1、国民の支持「賛成」は80%以上である。
2、競技会場も東京同様、コンパクトで半径10Km以内に納まる。
問題点は
ア、運営組織の問題、責任分担のあいまいさ、
イ、欧州が一丸となって支援する雰囲気に欠ける。
リオは、評価は、
1、南米大陸初の五輪で熱意の高いこと。
弱点は、
ア、宿泊施設の不足、
イ、交通渋滞と予算面の甘さ。
シカゴは、評価点、
1、何よりもアメリカ、オバマ大統領が先頭に立つ、
2、ミシガン湖の景観と都心部中心のコンパクトな計画、
弱点は、ア、市民の支持率、リオ、マドリ−ドよりも低いこと。
いよいよ最後の追い込みである。
各都市とも熱が入ってきた。
わが国も鳩山首相の支援も決まり、やっと旗頭が出来た。
アメリカ、シカゴは、オバマ大統領と夫人のIOC総会への出席と言う
ビッグな「切り札」があり関係者を喜ばせているらしい。
これで、リオ、ルラ、ブラジル大統領、マドリ−ド、スペイン国王ファン・カルロス一世、
シカゴ、オバマ、アメリカ大統領、東京、鳩山首相、と全ての招致国は、
国家元首か政界トップのIOC総会出席が決まった。
IOCロゲ会長は、このことについて、
「招致の条件ではない」とコメントし、けん制していると報じられていた。
先の東京オリンピック、東海道新幹線はじめ、
多くのインフラや建物、道路なども出来、
大きく国が発展したことを思い出す。
いま、日本は低迷の中にある、やっと政権が交代し、
これからというところであるが、しばらく時間も掛かる、
再びの東京五輪開催で国が発揚され、
経済が発展するきっかけとなればこれほどの、
”喜びとチャンス”はない、是非そうなってほしいものだ、
決定は10月2日である。
9月13日のレンジャ−ズ戦ダブルヘッダ−第二戦目に、
今季200安打を達成し、9年連続メジャ−初の大記録を成し遂げた。
108年ぶりの記録更新。
今月6日には大リ−グ通算2000安打も達成している。
今や、「年間200安打」はイチロ−の代名詞である。
200本目の安打はショ−トゴロ、高くボ−ルが弾んだため、
足の速いイチロ−は内野安打とした。
”イチロ−らしい安打”といえるし、自らも、この”らしさ”を誇りに思っている。
198本目はホ−ムラン、この一打も200本目の内野安打も、
イチロ−にとっては”すばらしい”安打なのである。
ヒットし、ベ−ス上で観客にヘルメットを取り、
応える姿は”にこり”ともせず淡々としている。
200本目が大切なのではなく、
1本目も100本目も200本目もその価値は、彼にと
っては同じなのだろう。それは、彼の言葉に表れている、
「一本一本積み重ねてきた結果が200本だ」と。
そしてこれを続けることの重要性を大切にする。

見ていて感じることがある。一つは自らの「感覚」を大切にしている。
”いい感じ”とか、”何か少し変”とか自分に感じる「感覚」、
その為に、休日も球場に足を運んで”体を動かす”
二つ目は「ル−ティン」同じことの繰り返し、いわゆる「型」にこだわる。
三つ目は「集中」バッタ−ボックスでの
彼のボ−ルに対する集中は武士の真剣勝負と同じだ。
”格好良さ”とか”目の覚めるような”とか”綺麗な”ヒットを気にしない。
ヒットはヒットどれも同じだと言う考え方、
時には、バントもボテボテも足で稼ぐヒットがある。
これも一本のヒットであり、彼には同じであるのだ。
この様な意味からも「信念の人」であると思う。
今や、アメリカ大リ−グの野球を変えたと私は思う、
直球勝負の、ブンブン振り回し、豪快なホ−ムランの、野球もいいが、
バントヒットや、野手の間を、巧みなバットコントロ−ルで抜くヒット、
鮮やかな返球での走者アウト、
また、華麗な守備など日本の野球のレベルの高さも彼は示した。
もう彼を”チマチマした野球”とは言わないだろう。
誰もなしえなかった”偉業”をやってのけたのだから・・・
今年は特に厳しい一年だったと思う、
開幕8試合を胃潰瘍で欠場、200本安打目前で、
左ふくらはぎを痛め8試合休んだ、
昨年までの8年間で欠場はわずか16試合、
これと同じ16試合を今年一年でやってしまった。
そして大記録達成後のコメントは「解放された」であった。
「目標を達成できず消極的に解放されることもあるが、
積極的に達成しての解放は気持ちいいですね」と。やはり、
相当のプレッシャ−があったのだろう。
200本打つことは、もう彼の義務みたいになっているから・・・
さあ残された試合でどれ程のヒットを打つのか、シ−ズン中も、
シ−ズンオフも彼の体への鍛錬、技術への挑戦は一日として休む間もなく続く、
そして、10年目も200本安打を目指す、自己最多の262本も頭にあるだろう。
そしてピ−ト・ロ−ズの大リ−グ記録も、
15年目までも200本安打にこだわるだろう。
「人との争いから解放されて気楽になった」とものべていた、
気楽に、イチロ−らしく記録に挑戦するだろう。
「200本安打はイチロ−の代名詞」なのだから・・・。

今季200安打を達成し、9年連続メジャ−初の大記録を成し遂げた。
108年ぶりの記録更新。
今月6日には大リ−グ通算2000安打も達成している。
今や、「年間200安打」はイチロ−の代名詞である。
200本目の安打はショ−トゴロ、高くボ−ルが弾んだため、
足の速いイチロ−は内野安打とした。
”イチロ−らしい安打”といえるし、自らも、この”らしさ”を誇りに思っている。
198本目はホ−ムラン、この一打も200本目の内野安打も、
イチロ−にとっては”すばらしい”安打なのである。
ヒットし、ベ−ス上で観客にヘルメットを取り、
応える姿は”にこり”ともせず淡々としている。
200本目が大切なのではなく、
1本目も100本目も200本目もその価値は、彼にと
っては同じなのだろう。それは、彼の言葉に表れている、
「一本一本積み重ねてきた結果が200本だ」と。
そしてこれを続けることの重要性を大切にする。

見ていて感じることがある。一つは自らの「感覚」を大切にしている。
”いい感じ”とか、”何か少し変”とか自分に感じる「感覚」、
その為に、休日も球場に足を運んで”体を動かす”
二つ目は「ル−ティン」同じことの繰り返し、いわゆる「型」にこだわる。
三つ目は「集中」バッタ−ボックスでの
彼のボ−ルに対する集中は武士の真剣勝負と同じだ。
”格好良さ”とか”目の覚めるような”とか”綺麗な”ヒットを気にしない。
ヒットはヒットどれも同じだと言う考え方、
時には、バントもボテボテも足で稼ぐヒットがある。
これも一本のヒットであり、彼には同じであるのだ。
この様な意味からも「信念の人」であると思う。
今や、アメリカ大リ−グの野球を変えたと私は思う、
直球勝負の、ブンブン振り回し、豪快なホ−ムランの、野球もいいが、
バントヒットや、野手の間を、巧みなバットコントロ−ルで抜くヒット、
鮮やかな返球での走者アウト、
また、華麗な守備など日本の野球のレベルの高さも彼は示した。
もう彼を”チマチマした野球”とは言わないだろう。
誰もなしえなかった”偉業”をやってのけたのだから・・・
今年は特に厳しい一年だったと思う、
開幕8試合を胃潰瘍で欠場、200本安打目前で、
左ふくらはぎを痛め8試合休んだ、
昨年までの8年間で欠場はわずか16試合、
これと同じ16試合を今年一年でやってしまった。
そして大記録達成後のコメントは「解放された」であった。
「目標を達成できず消極的に解放されることもあるが、
積極的に達成しての解放は気持ちいいですね」と。やはり、
相当のプレッシャ−があったのだろう。
200本打つことは、もう彼の義務みたいになっているから・・・
さあ残された試合でどれ程のヒットを打つのか、シ−ズン中も、
シ−ズンオフも彼の体への鍛錬、技術への挑戦は一日として休む間もなく続く、
そして、10年目も200本安打を目指す、自己最多の262本も頭にあるだろう。
そしてピ−ト・ロ−ズの大リ−グ記録も、
15年目までも200本安打にこだわるだろう。
「人との争いから解放されて気楽になった」とものべていた、
気楽に、イチロ−らしく記録に挑戦するだろう。
「200本安打はイチロ−の代名詞」なのだから・・・。
月刊石川遼(vol.2)
まだ、残暑が厳しいとはいえ、もう秋の気配である。
いよいよスポ−ツのシ−ズン、9月6日フジサンケイクラシック最終日、
石川 遼が今季3勝目、通算5勝目を挙げた。
優勝賞金2200万円を加えて、今年現在約9300万円となりトップである。
この17日が18歳の誕生日である。
このまま賞金王となれば、タイガ−・ウッズの21歳、国内尾崎将司の26歳を大きく更新する。
先の英国でのジ・オ−プン、見事予選を通過し、
世界の強豪に、もまれて、また、厳しい環境の中で、
”自分のゴルフ”を貫き、満足して帰国した。
1試合、1試合目標と課題をきっちり見極めてプレ−しているように見える。
そして成長している。若年でありながら、
自らの”精神面のコントロ−ル”もできている。
今年、賞金王となれば、また一段ステップアップして世界を目指す、
次の目標も出てくるだろう。
読売新聞によると、「より成長できるよう頑張って、最後の何試合かで、
賞金王をめざすといえたら・・・」 と慢心はない。と報じられていた。

女子も諸見里しのぶが強い。9月6日、
ゴルフ5レディス最終日(岐阜みずなみCC)で、優勝し、
今季5勝目、通算8勝目である。
獲得賞金も1億869万円となり、2位の横峯さくらに2000万円の差をつけている。
ほぼ今期はきまるだろう。
彼女も強くなった、
自ら、「どんどんうまくなっている」と言わしめている。
ただ、彼女、過去にも「自分が一番うまい」といい、
慢心から敗れた経験を持つ。
俗に「心・技・体」という、技術面の巧さ、身体面の強さは十分であろう。
さて、”心”の成長、自信を通り越して”謙虚さ”が備われば本当の強さとなるであろう。
二人の若い”賞金王候補”これからも、楽しみに応援しよう。
高校野球グラフ(vol.34(2009))
日本文理と中京大中京の決勝戦、
結果は10-9で中京となったが、
お互い一歩も譲らないすばらしいゲ−ムだった。
”野球はツ−ダウンから”とよく言う、
まさに9回ツ−アウトからの、怒涛の追撃、5得点し、
さらにランナ−1塁3塁、一打長打が出れば逆転というところ、
手に汗を握るとはこういう場面か。
中京大中京も投手を2年生の森本から、エ−スの堂林に代え、
その後また森本に戻すという苦しい采配、
堂林が打ち取ったと思った三塁側のハ−ルフライを、
三塁手河合が目測を誤り、
取れなかったショックから死球を与え、傷を深くした。
動揺するエ−スを見て、
再度森本に交代させる監督の気持ちもわかる様な気がする。
何が何でも勝ちたい、勝たせてやりたいの気持ちであっただろう。
6回の6点獲得で、ほぼ優勝は手中にあったのだから・・・
再度マウンドに上がった森本、よく投げた。
来年のいい経験になっただろうと思う。

そして、何よりも最後まで勝負をあきらめず、
攻め続けた日本文理の選手全員に拍手を送りたい。
日ごろの苦しい練習があってこそ、最後の最後まで、
純粋に野球に打ち込める精神が培われているのだと思う。
見ている我々に、高校野球のすばらしさと感動を与えてくれた。
思い出す、グランドで毎日、毎日白球を追い、甲子園を目指し、
苦しい練習を積み重ねた、あの頃を!!
今大会も全国で4000以上の高校と球児が頂点を目指して頑張った。
野球で養われた純粋な精神をいつまでも忘れず、
社会に出ても、その根性と努力する気持ちの尊さを活かしてもらいたい。
野球というスポ−ツの持つすばらしい要素を・・・。



