105、プロ野球選手の移籍に思う

プロ野球の一流たち

いま、スト−ブリ−グも、アメリカ大リ−グへの挑戦を希望する数人の選手を除き
ほぼ終わりに近づいている。移籍する選手について、若干の思いを述べてみたい。

まず、中日から楽天に変わる中村紀洋選手(35)
近鉄時代の”いてまえ打線"の中心として大活躍し、
オリックスから大リ−グ、ドジャ−スに移り、永年の夢をかなえたが、
今ひとつ、成績があがらず、家族の帰国要請もあって帰阪、
オリックスとの契約のもつれから8000万円を蹴って退団した。

一年のブランクと苦悩の中、中日落合監督に拾われ、
わずか400万円でグランドの戻ってきた。
そして、必死の努力の結果、MVPも獲得し、
やっと、自らの意思を表せるところまできた、中日には感謝しつつ、
楽天野村監督の「有終の美を飾らせてくれ」の要請を受け移籍する。
打線の中心となるだろう。契約金は5〜6000万位か?
本人は優勝を頭に置いている。

身体一つで多くの契約金を稼ぐプロ野球の選手達、心意気もあるが、
交渉のテクニック、駆け引きもある、
最近は交渉の専門家弁護士を代理人として立てる人も増えている。

しかし、中村は自分ひとりで、道を切り開いてきた、
やや回り道をしたように思うが、まだ35歳だ、
これからが花を咲かせる時、野村監督をして、
”枯れたヒマワリ”と言われる、
大きな頭を、いつも下げているからか?(低姿勢で) 
ここ2〜3年謙虚に一生懸命やってきた、今の気持ちを忘れず、
もう一度”ノリ”の実力を見せて欲しい。
太陽に向かって大きな黄色い花を堂々と咲かせる様に・・・

石井琢朗選手(38)
昨年はフルイニング出場が途絶えた。不満足なシ−ズンだった。
打率も261,6 得点26と低迷、
2007年、2008年共に成績は良くない、
1988年、ドラフト外で横浜大洋ホエ−ルズに入団、91年までは投手だった。
谷繁とバッテリ−を組み初勝利している。

92年からは内野手に転向、名前も本名の忠徳から「琢朗」に変更、
93年には盗塁王とゴ−ルデングロ−ブ賞(三塁)を獲得、
97年から5年連続出場している。98年、横浜の38年ぶりのリ−グ優勝、
日本一に貢献した。103得点は松井秀喜と並んで表彰された。
99年1000本安打、1000試合200盗塁も達成、
2000年は盗塁王とベストナイン、
3年連続。2006年5月に2000本安打、名球界入りしている。

数々の素晴らしい賞や表彰を受けているが、
2008年終了間際、球団から戦力外通告された。

走・攻・守三拍子揃った名手も、ヒザの手術、
手首のデッドボ−ルによる故障から
成績が落ちベイスタ−退団となった。
宿命とはいえ、生え抜きのカンバン選手でも切られる現実は厳しい。
広島カ−プで持ち味を生かすことになる。

清水隆行(35)
1995年東洋大から巨人へ、ドラフト3位、
外野手として、ル−キ−時から安定した打率を残した。
1番か2番を負かされた。
特に二度の原監督に重用され、2002年には最多安打のタイトルを獲得している。
2005〜2006年、選手層の多い巨人軍にあってベンチをあたためる事が多くなり、
代打要員となっていった。
2009年より埼玉西武ライオンズで再起を図る。

中村紀洋は大リ−グも経験した、自分の我儘も押し通した、そして、
おとこ心意気に感じて楽天に移る。実力が有ればこその話である。

石井琢朗は、決して野球選手として、身体は大きくない、
投手としてプロとなり、抜群の野球センスで多くの賞を獲得した、
まだまだ広島での活躍が期待される。

清水隆行は右足を高く上げ身体全体で振り切るバッティングは
打ち出される打球のスピ−ド、
弾丸ライナ−で飛び込むホ−ムランの魅力は、
出場の機会と場を与えられれば活躍するだろう。

三人の移籍するベテラン選手を取り上げたが、「移籍」とは、
自分自身にとって、両球団にとって、プロ球界にとって、得がたい人材を、
今一度の機会を与え活躍させようとするシステムだと思う、
新天地での本人達の”大いなる自覚”に期待したい。 
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| | 2009/06/02/Tue 07:12 [EDIT]

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